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 ありか通信 バックナンバー

Vol.200平成29年10月

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ありかのメッセージ


ありか通信200回記念を書き始めます。皆さん200回も
読んでくださってありがとうございます。わずか10数人だっ
たと思うのですがそれが1年たち、2年たち、10年過ぎて、
200回という何年になるのでしょうね。なんと16年余りもありかは毎月欠かさず、皆さんにお便りを差し上げていることになります。本当にありがとうございます。
ありかは、ゆっこと出会って文字が書けるようになって、自分の思いを表現できるようになって世界が変わりました。自分の中だけで生きていかなければならない人生よりも、やはり自分の思いを発信できる方が楽しいと思います。皆さんもどうか自分の思い、気持ち、感情をどうぞ外に発信してみませんか。手紙でも、メールでも何かの機関に投稿するというのもいいと思います。ありかはこれからも自分の思いを伝え続けていこうと思います。それは自分自身のためなのです。自分が自分の思いに気づいて発信したことで、共感する方と出会うという、そんなことが起こることもあるし、ありかが何よりそうすることがとてもありがたく、楽しい気持ちなので、やり続けようと思います。やはり何かをやるときに楽しい、うれしいという気持ちになっていることがきっと大事だと思います。書かなければという思いで書けば楽しくないでしょう。人生生きていくうえで楽しんでいる?喜んでいる?というキーワードがとても大事なんだと思います。
ありかはわがままと言われますが、楽しいこと、喜ぶこと、それは心と体が、そんなものを体感したいと思っていて、いやだなー、楽しくないなーという時はやらないと決めています。それが人生を楽しんでいける秘訣だと思っています。皆さんはいかがですか。仕事に行きたくないなーと思っても休むわけにはいかないよと言われる人もいるかも。じゃあ行きたくない仕事をやるとき、せめてランチは自分のお気に入りのものを食べること、仕事に行く前の10分を大好きなカフェで時間を楽しむというような、ちょっとした気分転換になることをお勧めしたいと思います。これがなかなか良いらしいですよ。ありかも楽しいお茶の時間を持つことでメリハリをつけて生きています。この通信を書き終えたらホットコーヒーとザラメのおせんべいを食べるぞと思うだけで幸せ気分満載になります。そうするときっと文章も楽しいエネルギーに包まれて、皆さんに楽しい気持ちが届くかなーと思っています。これって大事よね。お母さんが疲れて、テンションが低かったら、子供のテンションも低いしね。

ありかは自分のことが自分でできませんが、ありかを世話してくださる方がいて生活が成り立っていますが、ありかはありかのままで、このままで十分に満たされて生活をやれています。それはママの一番の理解のもとにこの生活が成り立っています。子供と親という関係を超えた、ありかの夢、実現サポーター代表という役割を喜んで引き受けてくれているのが大きいのです。ありかはパパにも感謝しています。喜んでありかのやっていることに全面的に賛同しているわけではないけれど、パパの深い愛があるから今の生活が成り立っています。パパや、ママや、お兄ちゃんに形のあるものを感謝の気持ちとしてプレゼントできませんが、ありかが存在し続けていることが大きなギフトであることを気付いてもらえたら、心からありがたいと思います。
意味があってありかのパパになってくれて、ママになってくれて、お兄ちゃんになってくれたのです。

200回記念の通信を本当にありがたく、皆さんがいてくださることへの感謝、読んでくださることへの感謝、ありかが健康で生きていけることへの感謝、通信を配達してくださる方、安い料金で発送できるシステムを作ってくださる方、印刷をしていただける会場の方々、ほんとうにみんなの力のおかげです。ありがとうございますと心から感謝申し上げます。ゆっことママにも感謝しています。



ゆっこの徒然なるままに

 

 涼やかな風が吹いて、何だか気持ちよい季節になりました。今月は記念すべき200回目のありか通信だそうです。毎月ありかさんは、自分の思いをスラスラ書いてすごいな!と思いますが、私はなかなか文章が浮かばず、四苦八苦の有様です。
 さて、今月こそは気の利いたことを書きたいなと思いながら、パソコンの前に座っていますが……。残念ながら浮かびません。
あ、そうそうこの前、「今年は古希を迎えるので、みんなで集まろう!」という中学校の同窓会の案内が来て、「行って見よう」と即座に思いました。行こうと思ったものの、「今まで中学校の同窓会行ったことあったっけ?随分行ってないな、何年振りだろう?」と思いました。
 中学生の頃の私は、体操部で平均台やマットの上で回転したり、バク転の練習をしていたり、お掃除の時間になると、クラブの先輩と追いかけっこしていたことしか印象に残ってなくて、教室の中の姿が思い浮かびません。
「私、何組だったのだろう?」「誰と一緒だったのだろう?」「どんな毎日だったのかな?」、なんだか思い出せないけど、何故か今回は同窓会に行っても一人ぼっちにはならないし、楽しめる!と思えたので、「出席します」と返事を書いて投函しました。
同窓会当日まで、誰からも誘われず、誰も誘わずに指定されたホテルに行きました。まず1Fのエンテランスに入った時、催し物の案内の前に立ってしきりに何かを見ている女性を発見して、「もしかしたら、同窓会の会場を探しておられますか?」と尋ねると、「はい、5Fのようです」と言うので、2人でエスカレーターに乗って、お顔を見合わせたけど互いに記憶になくて、「何組でした?」と尋ねても、「忘れてしまって…」と言う声に、思わず「良かった、私もまったく記憶にないのです。私だけではなかった、安心しました」と言って、互いに「もう半世紀も前のことですもの、忘れますよね」と共感し合いながら5Fに着くと、受付に3〜4名いるうちの一人が「深野君、来たね」と声をかけてくれたのは、小、中、高の同級生の浩一君、「ゆきちゃん!」と声をかけてくれたのは、近所に住んでいたのりちゃんで、受付で受け取った名札には、私の名前と旧姓が書いてあり、卒業アルバムから撮ったセーラー服姿の顔写真が貼ってありました。会場に入り際に「ふか(旧制の深野)!来とったとね」と声かけたのは、体操部の章代。「な〜んだ、章代が来るんだったら連絡をすればよかった」と言いながらも、「スタートからなかなか良い感じ、独りぼっちにはならないぞ」と、ホッと安心しました。
会場の入り口近くには、卒業アルバムを拡大コピーした写真がボードに貼ってあって、懐かしく眺めると6クラスあって、私は3組で担任の先生の顔写真を見て、少しずつ記憶が戻ってきました。
くじで決まった席に着き、同じ席の見覚えがない人に名札を見せながら挨拶を済ませたら、同窓会役員代表の開会の挨拶が始まりました。
300人の卒業生の中に、もう30人がこの世を卒業しているようで、その方々のご冥福を祈り1分間の黙祷をすませて、男性45人女性15人計60人で乾杯をし、宴会が始まりました。
 唯一来賓の先生は、82歳のT先生、あの頃20代の若い先生で蝶ネクタイがとても印象的だったのを思い出しました。
宴もたけなわになり、「校歌を歌おう!」と歌詞カードが配られて、「歌えるかな?」と心配でしたが、メロディーが流れると不思議なことにいつの間にか口から出てきて、隣ののりちゃんと「不思議なもんだね、55年経っても歌えるね」と話をしている間に、応援団長だった浩一君が、法被を着て(会社の法被)、雪駄を履き、膝まである長い鉢巻をして、応援の祝詞を声高らかに叫び、応援歌を歌い出しました。残念ながらこっちの歌は、私はおぼろげでした。
みんなで記念撮影をして、予算のない中、今も現役で商売を続けている人が資金をカンパしてくれ、“のし”が付いた古希祝の紫色のタオルを記念品に頂き、「次回は喜寿の年の7年後に会いましょう」という司会者の言葉を遮って、「7年後はどうなっているか分からん、3年後にやろうや!」と叫んだ一声で、次回の同窓会が満場一致で3年後決まり閉会になりました
 15歳のころの面影を残している人、まったく「どなたですか?」と尋ねて、やっと「あ〜、板金屋の○○君!」と思い出したり、「あの頃、〇○さんのことが好きだった」と言う告白に、「今頃遅すぎ!もっと早く言ってくれたら、独身で通さずに済んだのに!」と言うのを聞いて大笑い!
みんな間違いなく70歳、色んな人生を生きて来て、元気に集まれた
時間でした。
セーラー服姿の私に「ありがとう、楽しかった」と伝えることが
出来ました。

 

☆☆

 

ありかネットワーク通信200号発行のお祝いに寄稿されたものを、今月号と来月号に渡って掲載します。

 


花の花は平成16年からスタートしました。
その前からありかネットワークはありました。なぜって、ありかネットワークで知り合ったメンバーで花の花を始めたからです。
ありかや奈津美さんに、ありかネットワークは「いつからやっているの?」と尋ねてもはっきりしません。だったら、ゆっこさんに聞いても「覚えてない・・・」と言います。
私がゆっこさんに初めて会ったのは、平成11年です。その後、ありかの存在を教えてもらって、ありかに会いに行きました。筆談という方法で、ありかの思いをゆっこさんが紙に綴る(?)。またそれをゆっこさんの義姉が、いまでは化石になったワープロを使って文字にしてありました。「へーーー」の世界でした。ありかにもびっくりでした。
淡々と(そういう風に見えた)紙に言葉を紡ぎ、時々うーとかいう。そしてニンマリ。半信半疑ながらも、ありかの表情から、自分の思いを発せられた時の満足感は、しっかりと伝わりました。今にして思えば当たり前なのですが、障がい者と言われる人も、私たちと何ら変わりないんだーと教えてもらった瞬間でした。改めてありかには感謝です。
今回ありか通信が200回を数えた、しかも1度も欠かすことなくということは奇跡のようでもあり、ありか&奈津美さんらしくもあります。またお二人だけでなく、陰ながらありか通信を支えてくれているメンバーのネットワークの強さを感じます。
わたしももしありかに出会わなければ、花の花という障がい者の事業所を始めることもなかったと思います。そういう道をありかから与えられました。
今では月に一度の会議でありかに会うくらいしか時間が取れなくなりましたが、きっと目には見えない糸をありかがしっかりと結んでくれている気がします。これからも、ありかとともに糸を手繰り寄せながら歩いていくことでしょう。


河邉 恵子

 

「愛の船」


ある日、あーちゃんは言いました。

詩画を通して、みんなに愛を発信したい!

世界中の人に、愛を発信したい!

なんと無謀なことか

でもちょっと楽しそう

みんなでちょっとだけ乗ってみた

何だか心地よいところ

運のつきとはよく言ったものだ

漂いながら17年

200海里をぼちぼちと

漕ぎついたここはどこでしょう

それは、幸福という途中駅

ここで降りるのもよいだろう

だが待てよ

これまでの駅がそうだったように

次の駅もきっと幸福な駅だろうよ

そして、その次もその次もその次も

永遠に続く幸せという途中駅

あーちゃんこの船なんの船?

「私の心に浮かぶ愛の船」

さあ、またぼちぼち愛の船の発信よ!

 


仲間とともに 河邉 雅紀

 




 









 


 



 


 







 

 









 

 




 







 


 








 







 

 

 

 

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