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 ありか通信 バックナンバー

Vol.196平成29年6月

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ありかのメッセージ

6月号のありか通信の始まりです

皆さんお元気ですか。もう6月になりましたよ。月日が経つのがすごく早いですよね。ありかはこの流れに乗っていくためには、ばたばたせずに、おおらかな気持ちで毎日を過ごそうと思っています。皆さんはどんな生き方をしていますか。

6月、7月になると梅雨の季節になり外出がままならなくなります。なのでお天気のいい時はなるべく外に出たいと思っています。人間も、植物も、動物もおてんとうさまに照らしてもらうとなんだか元気が出るような気がします。皆さんはどう思われますか。

ありかは外出がとても楽しみです。もちろんランチはうれしいですが、ショッピングやコンサートに行くのもうれしいです。ありかたちのように、車いすでスイスイ行ける遊び場がもっと増えたらいいなと思います。美術館、ショッピングセンターどこにだって車いすでスイスイ気兼ねなくいけるといいな。仲間たちとわいわいがやがやしながら行くのもとても好きです。特別どこかに行かなくても、一緒にいるだけでうれしいのです。ありかはお喋りはできないけれど、それでも雰囲気を味わえます。お部屋で悶々として過ごすよりも外に出て、何か感動的なものを目にしたり、珍しいもの、美しいものを喜びながら見るだけでも、十分心が満たされます。昔は運動会は秋にありましたでしょう。でも今は春に行われるところもあるようですね。皆さんは運動会にどんな思い出が残っていますか。ありか達は走ったり、踊ったり、応援合戦みたいなパネルをひらひらさせるようなことはありませんが、其れなりに先生たちが考えてくださって楽しかったですよ。運動会が終わったら、秋も真っ只中という感じだったけれど、春の運動会は終わっても何が待っているのでしょうね。さぁみなさん、どんな競技が楽しみでしたか?自分が出場しなくても、楽しめる競技、例えば借り物競走は楽しいでしょうね。みんなのダンスも楽しいですよね。

今日はなんだか筆が進まず、止まったり、進んだりしています。ありかはいつも自分で天才だと言って、スラスラ書けることが多いのですが、天才だってたまにはこういう調子の悪いこともあるのですよね。そんなありかもOKです。すべての人がどんな自分もOKと思えると平和ですよね。

ありかの天才ぶりは、そんな自分も丸ごと良しと言えるところだと思います。人が何と言おうとありかはありかのままでいいのだと知っているからね。これが真実というものですよ。自分で頑張れない自分はダメとか、しっかりしていない自分はダメとか、優しくできない時はダメとか、自分で自分に評価していませんか。どんな自分もそのままでいいよと言ってあげられる人こそ、天才だと思いませんか。そういう意味の天才のありかです。


ゆっこの徒然なるままに

 いつの間にか6月になりました。
月日が過ぎるのは、なんと早いことでしょう。3日の土曜日、朝からお天気も良く、思い切って、高校生の孫ちゃんの運動会(今は体育祭と言うのでしたね)を夫と共に見に行きました。
女子高らしく、オリジナルダンスの時の生徒さんの笑顔の美しさと、可愛らしさと、キュートな仕草に年甲斐もなく興奮し、自分もいつの間にか気持ちが若やぎ、暑さも忘れて見入ってしまいました。午後一番の応援合戦の時、団長の孫ちゃんは、きりりと前髪を全部あげ(女子高校生にとって前髪をあげるのは大変な決意だったでしょう)、大太鼓の音と共に粛々と前に進み出て、力強く、それでいて華やかで凛々しく口上を述べ、団員たちの一糸乱れぬ動きがとてもかっこよくて感動しました。
次にブロック長が壇上に上がり、パネル説明をやり始めたのですが、途中で言葉を忘れたのか、言葉に詰まってたたずんでいる姿に思わず、「頑張れ!」とつぶやきました。気を取り直し、その子は慌ててポケットから用紙を取り出して続きを読みだしたものの、すっかりパニクッてしまった様子でなんとか説明を終わり、壇上から降りた途端泣き崩れてしまいました。同じブロックの子が駆け寄り背中をさすって慰めている姿を見ながら、自分のことの様に胸が痛くなり、「大丈夫!思いは届いたよ!心配ないよ」と駆け寄って抱きしめたい気持ちになりました。

 私が高校生の頃(50年も前の話しです)は、1年おきに学園祭(文化祭)と運動会(体育祭)があり、高校1年の時に応援団に入り、バトンガールの猛特訓と、声出し(発声)の練習を毎日河原で日が暮れるまでやっていました。そうそう、黄色組だったのでジョン・ウエイの映画さながらに、幌馬車を攻撃するインデアンに対抗して、黄色のハンカチーフを巻いた団長達騎馬隊が登場して幌馬車隊を助け出すという筋書きでした。あ〜懐かしい! 青春そのものでした〜。(半世紀前の思い出です)
皆さんは、どんな思い出があるのでしょう?

 6月1日の“さとうみつろう”さんのブログから
他人の言葉が引っかかる(気になる)とき、その原因は他人ではなく、それを引っ掛ける「自分の内側」にある劣等感です。
 自分の内側に劣等感を有していなければ、誰が何を言おうと、どんなに権威のある人に批判されようとも、右から左へ通過します。「ダメージ」を喰らうのは、引っ掛かるから。原因はいつも内側。言い訳はいつも外側の誰かへ。他人の意見にちょっとでも「反論」「反発」したくなるのは、自分自身が未熟な証拠なのかもしれません。「バカ」と言われて反応するのは、自分の中に「自分はバカだ」と言う概念があるからです。 
 時々、人の言葉にカチンとくることがあるけど、その原因が自分にあるとは思えず、「あの人があんなふうに言うから腹が立つ!」と他人のせいにしています。 原因は私の劣等感!? う〜ん。 人の意見に「ありがとう」と素直に言えるような自分になりたいけど…。う〜ん。素直な自分になる為には、自分の劣等感を認めることなんだろう。そうそう、私は子どもの頃から劣等感を持っていることは知っていたけれど、あらためて「人の言葉にカチンとくる原因」が自分の劣等感からと言うのを認めるのは、ちょっと抵抗がある。
ということは、本当は私、自分が劣等感を持っていることを認めていないんだ、認めたくないんだ。人には、「感情には良いも悪いもないですよ」などと言いながら、「劣等感」はネガティブなものと決めつけていて、そんなものいらない、いやだ! 私の中から排斥したいと思っているようだ。

「感情には良いも悪いもなく、ただただ感じたものを、人を責めず、自分も責めずに吐き出せばよい」と教わってきたから、「あ〜カチンと来た!あ〜腹が立つ」と言う気持ち(感情)を、「あの人があんなことを言ったから、腹が立つ!あの人のせいで…」という言い方でなく、ただただ「あ〜腹が立つ!悔しい!悲しい! あ〜いやだ、いやだ」と人を責めないで吐き出すことだった。
その時に「怒ってしまう私はダメだ!」と自分を責めずに、腹が立った感情、怒りたい気持ちを人に聴いてもらって、ただ感情(気持ち)を吐き出しさえれば良いはずだ。

 早速カウンセリングの仲間数人に話しを聴いてもらった。
何人かの人に話を聴いてもらっているうちに、不思議なことにその劣等感のお蔭で、私は随分努力家になっていたんだと気づけて、子どもの頃から後生大事に持っていた劣等感に「劣等感様、本当に長い間お付き合い頂きありがとうございます。お陰様で私は努力することを覚えてここまでやってこれました。ありがとうございました」と、やっと劣等感を認めることが出来ました。
数日かかった難問がやっと解決しましたが、きっとまた同じような出来事が起きて、本当に人の言葉にカチンときたとしても、「あ、腹が立った」と思っても、人を責めず、自分を責めず、「腹が立ったね」でさらりとながせるか、心から劣等感に感謝できているかどうか、お試しが来ることでしょう。

楽しみ。楽しみ。



 









 


 



 


 







 

 









 

 




 







 


 








 







 

 

 

 

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