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 ありか通信 バックナンバー

Vol.188 平成28年10月

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ありかのメッセージ

皆さん10月になりましたね。運動会や文化祭は終わりましたか?
ありかは相変わらずの毎日ですが、秋は何かしら自分の中から絵を描きたいとか、詩を書きたいとか、何かしたいという気持ちが起こります。皆さんはいかがですか。何か運動なり、芸術なりが心を動かしませんか。どうぞ楽しい時間を過ごしてくださいね。

ありかは皆に伝えたいことがあります。皆さん幸せですか。幸せだと思っている人はそのままでお過ごしください。自分が幸せでないと思っている人は、さあ今日、今から幸せになりますよ。ありかがおまじないを上げます。「みんな幸せにな〜れ」もうあなたは幸せになりました。今日から会う人に私は幸せですと伝えてください。鏡を見ながら「なんて幸せなの。」とつぶやいてください。笑顔を作って鏡に向かって微笑みながら「私幸せだわ」と3回つぶやいてくださいね。もうすでに幸せになっているのですから、認めるのですよ。あなたは幸せ者です。
ありかもゆっこもママもすごく幸せだよ。わかった。ありかはこの地球上の人々が、すべてが幸せであれば毎日の生活がとても心豊かで、どの人とも笑顔で優しく支え合える毎日を過ごせると思います。少しお給料が安くても幸せなんだもの、大丈夫ですよ。あなたはこれからどんどん幸せが大きくなって、不安も心配も何もなくなって毎日が優しくって楽しくって、うきうきした人生を過ごせますよ。
ありかも今日は朝からゆっこや上の階にいる大好きな人からのプレゼントをもらって本当にうれしいです。幸せです。ザラメのおせんべいも届きました。こんな幸せな気分がずっと続くと思うとなんだか体が軽くなってふわふわした気分になり、怒りや悲しみや辛さがどこかへ飛んでいってるみたいな気分です。幸せな気分の時は病気もどこかに行ってしまうのではないでしょうか。
ストレスをなくすためにみんなで幸せを伝染させましょう。自分の幸せを隣の人におすそ分け、家族の誰かが幸せの源になって、それをみんなにおすそ分けしましょう。家族が幸せだと地域が幸せ、会社や仕事場が幸せになったら日本列島みんなが幸せになるよ。
ゆっこが隣で人間はもともと幸せそのもので生まれてきているはずだと言いました。人間の素になる素の源は生きるということでわくわくしているとありかも思います。だって生きるって楽しくてわくわくしないと生きようなんて力は出ないと思います。皆さんの中の心の心。心棒の心。要は細胞の一番小さいもの、核。
ありかは、人間は元々愛そのものだと思うのです。受精したおなかの中にいた、生まれた、幼児期という流れがあるでしょうが、元々すべての人は愛から始まったと思っているのです。みんなの心の中には愛があるのだけど、いろいろな体験があって愛がまるでなくなったかのように思えるだけだと思います。
皆さん一人一人が愛そのものです。なんて書くとまるで何かの宗教みたいに思われそうですね。ありか教祖様になったら、そりゃ違いますよね。みんなが愛そのものだから、みんなが愛の教祖様かもしれませんね。あっ これはいいなみんな教祖様だから、競争も、比較も何もないし、いっぱい愛があれば皆にお布施で助け合っていけば足りないものなんてないんじゃないですか。みんなが幸せに暮らすために、お魚を取る人は喜んで魚を取ればいいし、お掃除するのが好きな人はほかの人の家も掃除すればいいし、お金を稼ぐのが好きな人は稼いでみんなで使ってもらえばいいのです。
ありかはこんなことを伝えるのが好きなので伝えます。みんながそれぞれ好きなことをやっていけばみんなが幸せなような気がします。皆さんそう思いませんか。一人の幸せがみんなの幸せ、みんなの幸せが私の幸せ。以上、終わり。




 

ゆっこの徒然なるままに

春日公園横のいちょう並木も少しずつ色付いて、銀杏の実がたわわで道路にいっぱい落ち始めています。「銀杏もったいないな」「おいしいのにな〜」と思いながらありかさんの家に行った帰り道、車で走りぬけています。
『H28 かっこちゃんと遊んで学ぼうin 岐阜羽島』というのに10月1日(土)〜2日(日)に行ってきました。岐阜羽島がどのへんかも分からずに、新幹線のぞみに乗り、京都で新幹線ひかりに乗り換えて、岐阜羽島駅に10:13分に到着すると、かっこちゃんと小林さんに出迎えて頂き、かんぽの宿「岐阜羽島」に到着しました。

 12:30〜13:10 阪根博さん講演会
  阪根博…1948年生まれ、早稲田教育学部・社会学科地理歴史博修卒業後、ペルーリマへ移住、スペイン語を学ぶ傍ら「天野博物館」を創設、経営していた祖父の天野芳太郎の仕事を手伝う。その後日系ペルー2世と結婚、以来天野博物館に在籍し、1998年より、毎年日本全国各地にて講演活動を行っている。近年は新大陸最古(4800年前)の神殿「ラス・シクラス遺跡」を発見し、世界的な注目を浴びる。

 13:10〜14:50 「銀河の雫」上映
  映画「銀河の雫」…「私たちは、どうあったらいいのか?」「生きるということはどういうことか?」「悲しみを持ちながら、どうその悲しみに立ち向かえばいいのか?」「幸せとは何か?」「大切な人の死をどう受け止めていったらいいのか?」ネパールの人たちが教えてくれた沢山の大切なことを表現したいと思って、一生懸命にこの映画をつくった山本加津子(かっこちゃん)の初監督作品。

 15:10〜15:50 野村哲也さん講演会
  野村哲也…1974年生まれ岐阜県出身。高校時代から山岳地帯や野生動物を撮り始め、“地球の息吹”をテーマにアラスカ、アンデス、南極などの辺境地に被写体を求める。2007年に南米に移り住み、四季を通してパゴダニアの自然を撮影。今までの渡航先は120か所以上。2013年イースター島移住。

 16:00〜17:30 山本加津子さん講演会
  山本加津子…「かっこちゃん」こと山本加津子。1957年生まれで平成26年3月まで石川県内の特別支援学校に勤務。今は作家、エッセイストとして活躍。人間が大好き、出会うことが大好き、出掛けることが大好き、作ることが大好きで、今回ネパールで初めての映画を撮影「銀河の雫」の監督となった。

17:40〜18:00 かっこちゃんの付き人・小林さん「大したことない話」
 18:10〜19:10 夕食・懇親会
 19:40〜21:00 山本加津子さんが出演者全員の素晴らしさを引き出すコーナー
 21:00〜    くるま座トーク
10月2日(日) 8:30〜10:30  山本加津子さん講演会  
 10:30〜 自由時間・自由解散
かっこちゃんが着てる手作りのワンピースが「ステキ!」という人が居れば、いつの間にか着替えてきて、新聞紙とワンピースとを手に持って来て、「型紙を取ったらいいわよ」と言って下さると、いきなり講演会の会場の隅で数名の型紙作りが始まり、有名人が居ても〇○ちゃん、〇○君と言って、肩書など全く関係のない心で繋がりあっている仲間達という感じで、上も下もない、みんな対等な関係で、安心感と一体感。
夜の9時からの「くるま座トーク」では、各地から参加した人たちが、地酒やおつまみ、お菓子を持ち寄り、ズラ〜と並び、飲みながら、食べながら、かっこちゃんにまつわる話や上映会秘話で盛り上がり、初めて参加した私も、いつの間にか永年一緒に旅を続けて来た仲間の様なあったかさに溶け込み、深夜12時のお開きになるまで、笑って、泣いて、癒されて、朝5時に朝風呂でのんびり疲れを取り、12時32分発の新幹線で帰って来ました。
この映画をみんなと見たい、見てもらいたい、自主上映会をしたいと思いながら少々興奮気味の私です。
「致知出版社公式ブログ」2015年6月23日(火)本日の話題は・・・
福島智先生は、9歳で失明し、18歳で聴力を失いながらも現在東大教授として活躍される。『ぼくの命は言葉とともにある』福島智先生の一冊
よく「子ども時代はよかった、楽しかった」というのは本当なのかな、と疑う気持ちが私にはあります。前述のエッセーでも書いているように、私たち大人は過去の楽しかった部分だけを思い出してしまう傾向があります。子どものときには確かに弾けるような喜びがありましたが、一方ではすごく理不尽な経験をしたり、不安があったり、嫌な思いもしました。子どもであっても、それなりの苦しさや悲しさがあるのです。子どもの人間関係であっても、大人顔負けに、ときには大人以上に残酷な場合もあります。
子どもであってもその時々でいいこともあればしんどいこともある。そう考えてみると、それらの経験を踏まえてここまで生きてきているというのは、まずまず幸せなことなのだろうなと思います。
障害者という立場になって痛感することですが、私は生きるうえで大切なことは、まさに命を大事にするという視点だと思っています。例えば、体があまり動かないなら生きている意味がないとか、何々ができないから死んだほうがマシだという発想は、その時々の社会状況や文化によって植え付けられた発想です。そういう考え方をすれば、病を得たり障害を持った者は生きていけません。
戦時中は「戦争に行けない人間は役に立たないごくつぶし」と言われて、障害者は自己肯定感を持つことが難しく、とても苦しんだという話をよく聞きます。それと同じように現代でも、「何々ができなければ、生きる意味がない」ともし考えれば、生きていけない人がたくさん出てきてしまうでしょう。
まず、生きていることが理屈抜きに大事だと思うのです。なぜなら、私たちが生きているのは自分勝手に生きているわけではなく、命を与えられて、生かされて生きているからです。これには理由も何もありません。先にも述べたように、もし生きていることに意味がないのであれば、そもそも私たちはこの地球上に出現していないはずだからです。
いかに生きるか、どう生きるかということも、もちろん重要だと思います。しかし、それは命の一割ぐらいにかかわる話であって、残りの九割ぐらいは生きることそのものだと言っていいのではないでしょうか。ところが私たちは、この一割をめぐってクヨクヨと悩んだり後悔したりしています。その一割が重要だとも言えますが、その一割がなくても生きているだけでいいじゃないか、という見方もできると思うのです。……………

皆さま、季節の変わり目、どうぞお体をご自愛くださいませ?







 


 



 


 







 

 









 

 




 







 


 








 







 

 

 

 

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