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 ありか通信 バックナンバー

Vol.184 平成28年6月

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ありかのメッセージ

皆さんは自分の心を覗くのは上手ですか?自分の心を覗くというか、感じることをやらずにただただ一生懸命に働いたり周りの人に気遣ったりして、自分がどう感じているかや、どうしたいかなどということをすっかり(何も)せずに生きてきたのではないでしょうか。
ありかはずっと自分の気持ちに向き合ってきたので自分の心と向き合うのは得意というか、そうせずにはいられないのです。思いを口に出せないし、ゆっこやつくしちゃん達のように筆談ができる人が側にいないとおしゃべりもできません。だから自分の気持ちと向き合うしかないのです。
でもこれはとても素敵なことだと思っています。自分が何を感じているか、それを自分が知って、叶えてあげられればよし、叶えてあげられなくてもそんな風に思っているんだねと認めて上げることがとても大切な気がします。自分で自分を認めてあげたり、はげましてあげたりできたらとっても素敵と思いませんか。
自分が自分のことを大好きで、認めて応援して、ねぎらってあげられれば心はどんどん喜ぶと思うよ。ありかが言ってる事、変ですか?ありかは自分が大好きですが、皆さんは自分のこと好きですか。なんでこんな私なんだろうとか、こんな私いやだなとか思っていますか。それをどうやって抱えて生きているのですか。
ありかは今、とっても幸せ気分です。どうして幸せ気分なのか教えてとママが言いますが、何かがあったからとか、何かをしたからというわけではなく、この宇宙のエネルギーがきっと幸せビームに包まれ始めたのかもしれませんね。ヤ―こんな気分は久しぶりです!幸せ気分ていいですね。
楽しい時も、悲しい時も元気でいたいなと思います。悲しい時は元気が出ないのが普通なのですが、あえて元気で過ごすと思っています。どうやって元気になるかとかいうと、ありかの場合は自分の悲しさやつらさを認めて、辛いね、悲しいねと慰めたり、わかるよ、いっぱい悲しんでいいよと応援したりすることにしています。
ありかは子供の時から自分をいっぱい応援してきた気がします。だって誰かに話を聞いてもらうことはできないし、相談もできないし、自分で自分をケアすることを覚えたのかなー。
皆さんはどんな風に生きていらっしゃいますか?愚痴や、泣き言、いらいらした気持ちなんかはどうやって発散していますか。人生を楽しめていますか。やりがいがありますか。何もわからない、見つからない、どうすればいいんだろうと思っていますか。どうか自分のことを大事にするためにも自分が何をしたらわくわくするかなと自分の心を覗いてみませんか。
そんな事わかっていたらとっととやっているよと言われそうですね。でも何していいか、何が自分に合うかわからない時は、とりあえず何でもかんでもやってみて、3日坊主、1日坊主になればいいと思います。山登り、魚釣り、ハイキング、趣味探しで絵を描いてみる。何かを収集してみる。スポーツ観戦、お習字を習ってみる、ダンスをしてみる、楽器を演奏できるようになる、おいしいグルメを求める旅をする。
ありかだったら片っ端からステーキハウスにしらみつぶしに行って食べ比べをしてみる。それに飽きたらお寿司にしたりスィーツにしてみたり、時々映画、観劇鑑賞したり、旅もいいな。
みんな自分がやりたいこと見つかりましたか。見つかったら勇気を出して一歩前に進みましょう。音楽を奏でて、ありかのうちに聞かせに来てくださってもうれしいし、ハーブか何かの癒しの勉強を始めたなら、ありかにもおすそ分けしてください。みんなで幸せになりましょう。与えるものは受け取るものです。どうぞよろしくお願いいたします。
では6月を爽やかにお過ごしください。





ゆっこの徒然なるままに

6月に入って今日はもう9日、今年も半年が過ぎようとしています。
5日の日曜日に3度目の熊本へ行ってきました。列車からの風景が熊本に近づくにつれて、ブルーシートが屋根に被さっているのが目立ちます。
熊本、大分の震災から2か月たち、心のケアの必要性が叫ばれるようになりましたが、先日のNHKで放送された「風の電話」という番組は、海の見える高台の個人の庭に建っている白い電話ボックスの中にあるダイヤル式の黒い電話にまつわる話しでした。
その庭の持ち主の方が、亡くなったいとこさんに伝えたいことがあって電話ボックスを建てて、それを東北の震災の方に開放しているとのことでした。
風の電話のことを知って遠くから、地元の被災地から、大事な方を亡くされた方が訪ねてこられ、受話器に向かって、「もしもし… 聞こえている?… 」「〇○ちゃんの声をもう一度聴きたい… 」「早く帰って来いよ、家を建てて待っているから… 」「〇○、元気にしてるか?…、こっちは何とかやっているから心配いらないよ… 」「なんで、父さんなんだよ、何で見つからないんだよ、今どこに居るの… 」と、電話の線は繋がっていないけれど、亡くなられた方に話されます。
電話ボックスは、風の強い日も雪の日も同じ場所で、まるで有能なカウンセラーさんの様にただただ受容して、安心して気持ちを吐き出せる場を提供してくれていて、そのボックスの中で思いの丈を話したいだけ話して、涙して、「また来るね…」と言葉を残して、ほんの少しだけ元気になって帰られているように思いました。
安心して話しを聴いてもらえる場、自分の気持ちを吐露出来る場、自分と向き合う場が必要なんだなと思います。24時間のコンビニの様に、「いつでもお待ちしています」という場が震災の方々だけでなく、いま生活をしているみんなにも必要だと思います。
そういえば「いのちの電話」もそういうお役目をしていましたね。
どれだけ多くの方の命を救って下さったのでしょう。
ボランティアの皆さん、24時間本当にありがとうございます。

「指のささくれが痛いと訴えたとき、それぐらい大したことは無い、大けがした人のことを考えてごらんと言われたら、もう痛いとは言えなくなる」ということを書かれていた人がいます。私も子どもの頃にそんな体験をしたような気がします。
ささくれが痛いという気持ちを「そうね、痛いよね〜」と言ってもらえたら、気持ちは治まるのに、人と比べられて、あなたはこれぐらいでしょう!辛抱しなさい!自分の立場を考えなさい!と言われると切なくなります。
ささくれだって、小さな切り傷だって痛いのです。
あの時の親の気持ちは、「自分ばっかりが痛かったり、苦しかったりしているんじゃないよ、周りにはもっと痛くても、苦しくても我慢している人が居るでしょう。周り人を見てみなさい。」ということだったのでしょうか?
そういえば子どもの頃、母から「あんたはいつも大仰なんだよね」と言われ、兄弟からは「甘えてばかり…」と言われ、悲しかった。「だって痛いもんは痛いし、悲しいことは悲しんだもん、もっとよしよししてよ… 」と言いたかったのです。
確かに甘えていると言われれば甘えていますが、この年齢になった私は「甘えられるときには甘えていいよ」と思います。
母親になって子育てをしている頃、子どもが同じように「ここが痛い」と言った時に、自分が言われて嫌だった母の言葉をそのまま子どもに言っていたなと思い出します。
「ごめんなさい。許してね。」
今だったら、少しは「そうね、痛いね、悲しいね」と言える気がします。

私の中にまだまだ人と比べたり、競争したりする気持ちがあるし、勝気の癖に弱腰で、ちょっと意地悪でけちん坊な点、見栄を張りたいところなど、まだまだ癒されるべき点は多々ありますが、熊本からの帰りの電車の中で、自分のことよりもサポートの必要な方の為に必死で頑張っている方や、辛抱して前向きに生きようとしている方とお会いしてお話しを伺って、「人間って良いな」「人ってあったかいな」と感じました。
心があったかくなった時、ふっと「私の熊本行は自己満足のための行為かも……」と思いましたが、自分が楽しいとか、わくわくする行為だったら自己満足の世界でも「ま、良いか」と思って、又行こうと思っています。
人の気持ちに寄り添うのはなかなか難しいけれど、少しずつ自分の心の中を癒していけば、きっと寄り添えるようになれると思います。寄り添えるようになる日まで(癒される日まで)待つよりは、とりあえず行動をしながら寄り添えるように(癒されるように)なっていこうと思います。




 


 



 


 







 

 









 

 




 







 


 








 







 

 

 

 

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