CONTENTS
 ありか通信 バックナンバー

Vol.169 平成27年3月

ありかのメッセージ

春の便りが聞こえるこの頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。

ありかの元へ誕生日のお祝いの生花のリースやお花が届いて春らしくなりました。皆さんの窓辺から春の香りが届きませんか?まだちょっと寒い日もあるけれど、天気のいい日はとても、とてもあったかくて、幸せを感じますね。

ありかはこの頃はとてもあったかい気持ちを感じられる日が続いてうれしいです。音楽の仲間がいてくれたり、お友達の仲間がいてくれたり、家族がいてくれたり、みんな、みんなあったかいのです。

ありかは今、通信を書いていますが、ありかの心の中はもう別のことを考えています。これって今を生きていないのかなー。横からゆっこが「通信のことを真剣に考えて書くのが今で、先のことを考えるのは、今を生きていないよ。」といいますがそうなのかなー。

ありかの頭の中は何を考えているのかと聞きたいのでしょう。おやつばかりが人生ではありません。ありかだっていろいろなことを考えています。ありかはいつの間にか39歳だそうです。皆さんが39歳のころは何をしていましたか?何をしようと思っていますか?
39歳になったら、どう生きていこうか、これからが本番だと思っています。人生の本番。ありかが自分を生きていくのに、とってもいいスタートだと思っています。
春です。皆さん、新しい自分に今、心と体が一つになって、新しい人生を歩いていきませんか。

今日、この通信を書きあげたらお茶をします。お茶の時、ゆっこが持ってきてくれたおせんべいを食べようと思います。お茶にはおせんべいだよね。と、言うとなんだか高齢者さんみたいに聞こえるかもしれないけれど、やはり日本人は小さい時から、お茶にはせんべいの世界で生きていると思います。なんだか、仏さまにはお饅頭というイメージがあるけれど、皆さんはいかがですか?

天使が来ました。誕生日のプレゼントに二人の天使が我が家に来ています。
ありかは天使とつながるのが大好きです。本当は一人一人に守護天使がついているのだと思いますが、ピンとこない人は大いなるもの、弘法大志も同行二人というそうですよ。ママにも心配しないで、ちゃんと守ってくれる方がいるからね。どんなお姿をしているかは、自分で決めていいんじゃないかな。天使さんもいいし、弘法大志もいいしお釈迦様でも、お地蔵様でも、自分が馴染みやすいお方に守っていただければいいよ。
ママの天使はとっても優しいけれど、強い強い天使さんみたいだね。ゆっこの天使は、ほにょほにょとした天使。ゆっこはもっと笑いたいのに、真面目さが抜け切れてないのでほにょほにょ天使なの。
ほにょほにょ天使さんは優れた才能を持っているけど、まだ出し切ってない気がするね。ありかの天使は、そりゃ もうかわいくて、優しくて、かしこくて、すごい才能を持って、まるでありかみたい。ありかの天使さんがもう少しパワーアップするには、おやつの時間にするといいらしいよ。天使さんが導いてくれるから、おおかた似てくるよね。天使さんと全く性格が違う人も、たまにはいるけどね。
皆さん、天使さんなり、見守ってくださっている方に、どうぞ声をかけてくださいね。「あなたが見守ってくださっていること知っていますよ。気づいていますよ。」と伝えると守ってくださる方も、きっとうれしいのかなと思います。どうかよろしくお願いします。






ゆっこの徒然なるままに

小学校、高校などの卒業式が行われているニュースを見ながら、50年ほど前の(50年前と書いて、半世紀なんだと自分でも驚いています)卒業式を思い出しました。
進学、就職で県外に出ていく人だけではなく、互いに毎日顔を合わせていたクラスメートとも今日で会えなくなると思うと、一生のお別れみたいにポロポロと涙を流しながら、アルバムに想いを書いて、握手して抱き合った仲間が、10年、20年、30年経つと、それぞれに家庭を持ち(とうとう、独身を貫いた仲間もいます)、孫を持ち、あそこが痛いここが痛いと言う齢になったけれど、思い出す顔は笑い転げていた修学旅行の時のあの笑顔だったり、授業をさぼって仲間と連れ立って行ったお城の跡だったりします。
青春っていいものですね、思い出を一つ一つ重ねて、最期の時を迎えるのかなと思います。

67年の人生を振り返ってみると、10代、20代の自信無げにオドオドしている姿があります。自分のことが嫌いで、自分には才能がない、人が羨ましくて生きていることさえ無意味だと思っていました。何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか、本当は何をしたいのか、何もかもが分からないと感じていました。
30代になっても、「こんな親でごめんね」「こんな先生でごめんね」と思いながら、いつも自分を責めたり、人を批判したりして生きていました。
そんな自分を「このままではいけない」、「こんな自分ではいけない」、「自分を変えなければいけない」、「でもどう変えればよいの?」、「どうしたら変わるの?」と模索していた時に、毎週土日の7か月間のワークショップに出合い、その最終に「ビジョンクエスト」を体験する為に休暇を取ってカナダに出掛け(40代初め)バンクーバーの隣の無人島で寝袋と水だけを持って、山の中に一人で3泊4日、断食をしながら自分を見つめました。
その後、抱っこ法の研修会での「産道くぐり」を体験して、再評価カウンセリングでインテシブ(カウンセリング)を受けて、やっと自分のことを「よく生まれてきた、良く生きてきた、よくやってきた」と認めることができ、やっと自分を好きになりました。
生きる目的や目標が見えて来て、生きていることが楽しくなり、思いっきり転職(40代後半)をして、自分が感じた気持ちを(自分を責めたくなる時、人から言われた一言に落ち込んだ時、チャレンジできない時、怒りを感じた時、拗ねてしまった時など)、仲間に話を聴いてもらって、今の私になっていきました。
「自分の気持ちを聴いてもらう」ということは、とても大事なことだと思っています。
嬉しい時、悲しい時、つらい時、悔しい時、誰かがそばに居てくれて、ありのままを受け止めて、話しを聴いてくれたならば、どんな状況もきっと一緒に乗り越えていけるのではないかと思います。
人と人とが繋がって、人と人とが助け合って、協力していくことが大事なんでしょう。その為には、人の好意を受け止める素地と、自分が持つ優しい気持ちを分かち合う気持ちが必要なのかなと思います。
素直になること、頼ること、任せること、甘えること、与えること、ちょっと苦手です…。ついつい一人で頑張ってしまいます。そして、「こんなに頑張ったのにー」と文句を言いたくなって、頑張ってない人を見ると腹が立って、ついつい「あなたも頑張ってよ!なに怠けているのよ!」と強要したくなります。
子どもの頃から「人に頼るな!」「甘えるな!」「努力せよ」「働かざる者食うべからず」と母から言われてきました。その母から愚痴や泣き言を聞いて育ち、いつの間にか、そんな生き方を身に着けていたんだなと思います。
一週間ほど前に、あるグループの中で役を決めなければいけないことが起き、「どなたか、やってもらえませんか?」と担当から一斉メールで声をかけられましたが、誰も手をあげる人が居なくて、係りの人は困っています。そんな係の人を見ていると、無意識に思い出すのが、子供の頃、父と母が喧嘩して気まずい雰囲気になった時、母の悲しそうな困った顔を見ると、小さな私は何とかしたくて、おちゃらけた事をやって、何とか場を繕ってしのいでいました。
大人になっても、困った人の顔を見ると「はい、私でよければ、やります」と言ってしまうパターンがあります。
そして、「誰も手をあげないんだから!私がするしかないでしょう!」と怒って、手をあげたことを後悔しながら、何とかやり過ごしたことでしょう。(まるで、昔の母と同じだわ)
そんな話を聴いてくれていた人が、「今度もそのパターンで行くの?」「次の時もそう言っているよね〜」と言われて、グキッ!!
このパターンから脱却するために何度も体験してきたの?
今回このパターンを手放さなければ、又やって来る?
いつまでも人を責め、被害者になって生きていくのか…と思ってきました。
そうだ私が「うまくいく!」と感じられれば良いのか…と思えて、
父と母が喧嘩していた小さいあの頃の私に、「ゆきちゃん、大丈夫!お父さんとお母さん喧嘩しているけど、必ずうまくいくから、任せていいんだよ」「大丈夫!大丈夫!」と、小さい私を抱きしめて伝えはじめたら、何だかウルウルして、そうだ今回の出来事も、うまくいくと思って待っていればよいのかも…と思って、仕事して帰ってパソコンを見たら、「今回私がやります」と言う手をあげた方が居て、びっくりしています。
 自分の思考パターンが現実をつくると言われるけれど、こんなに見事に現実は起きているのか〜と…。
今回、話しを聴いてもらって、ちょっとだけ優しくなれた感じがします




 

 









 

 




 







 


 








 







 

 

 

 

バックナンバー
ありかネットワーク
福岡県福岡市博多区相生町3-2-6-106
(TEL)092-581-9683 (E-mail):info@arikanetwork.com
2005 ArikaNetwork all rights reserved.