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 ありか通信 バックナンバー

Vol.144 平成25年2月

ありかのメッセージ


ありかの気持ちはとってもいい感じです。だって、楽しいことがいっぱいなんだもの。楽しいこと、うれしいことが大好きです。だって心がうきうきしてきます。きっと病気も飛んでいくよね。
ありかのママは、インフルエンザにかかってしまったようです。一人暮らしの人は辛いでしょうね。みなさんはかぜをひいていませんか? 病は気からといいます。心を元気にしておくことが大事だと思います。そのためには楽しいこと、うれしいことをいっぱい計画して、楽しんでください。温泉が好きな人は温泉に、山登りが好きな人は山に行けばいいですよ。ありかのようにお出かけ大好きな人はお天気のいい日にお出かけしましょう。きっと心が元気になりますよ。
皆さんの元気の源はなんでしょうね。自分が何をしたら楽しくなるのか知っておくのが大事だと思います。図書館で本を読むのもいいし、皆さん自分の楽しみをしっかり持って楽しんでください。そうすることが周りの人も幸せな気持ちになりますよ。笑顔って周りの人を楽しくさせるでしょう。暗い顔をしているとちょっと悲しくなります。辛いこと、悲しいこと、寂しいことがあったのならば、その気持ちをしっかり抱きしめて、よしよししてあげてくださいね。悲しさや、寂しさをほっておくとますます悲しくなってしまいます。
ママから質問がありました。抱きしめるってどうするのって尋ねられてしまいました。悲しい気持ち、寂しい気持ちを追い出さず、寂しいね、悲しいねとよしよししてあげるのですよ。その気持ちを大事に大事にして、そうやって生きてきたね、ありがとう、寂しいって言っていいよ、悲しいって言っていいよと受け入れてください。
そうするとその気持ちを味わっていると涙が出てきてもよしよし。でも、大事なことはいつまでも寂しいまま、悲しいままではなく、幸せになれるよ、楽しいことが待っているということを忘れないでください。降りやまない雨はないと言われているそうですよ。雨が降っても、必ず晴れる日が来るということを、信じてくださいね。
「誰か助けて!」と言える人がいるといいね。今ちょっとしんどいのよと、話を聞いてくれる人がいるといいね。元気な時に、そんな友達や仲間を作っておくといいね。みんな助けたいと思っているんだよ。助けたいけれど、だれを助けていいかわからないんだよ。だから助けてほしい人はしっかり、ここにいるよと伝えてください。
ありかは、このごろ、おかげさまで病気をしません。楽しいイベントをいっぱい考えてくれる介護の人がいてくださって、いつも元気にさせてもらっています。ありかたちは自分で計画を立てて実行するのは、なかなか大変です。車いすで行ける場所が決まってしまうし、そんなとき多くの情報をもって、いろいろと選んでくださって、ありかたちが一番喜びそうなところを選んでくださるのです。
ありかはとても幸せ者です。障害があっても、こんなに幸せに過ごせますよと、多くの人に伝えたい気持ちになります。今、障害を持った子供を産んで、将来のことを、すごくすごく心配している家族の人たちに、こんな障害者もいますよ、と。話すことも、歩くこともできないありかですが、とっても幸せに過ごせていますよと伝えたら、少し安心されるかな。
周りの助けが、あればあるほど、どんな人も幸せに暮らせるものなのです。皆さん、余っている力、時間、お金を少し分けてくださいね。分け合えば、みんなが幸せに暮らせます。

 



ゆっこの徒然なるままに

「1月が行き、2月が逃げ、3月が去る」の言葉通り、早いもので1月が過ぎ去ってしまいまた。先日1月16日に電話がかかり、「宮崎さん? ご無沙汰しています。柴田です。突然ですが3月24日に講演会してもらえないでしょうか…」
一瞬で、今までやったイベント、講演会の大変さが頭をよぎり、「わー、大変なことが舞い込んだ〜」と思い逃げ腰の私。「え?…」と言いながら日程を見ると、その日は仕事が入っている。「すみません、その日は仕事なのでごめんなさい。出来そうにありません」と言いながら胸をなでおろす私。
「夜でも良いのですよ」の言葉に、ごくりと飲み込んだ時に電車が来た。「すみません、電車が来たので…電話切ります」と言い、「お忙しい時にごめんなさい」と言われ、電車に乗りホッとしたけど、「夜でも良いんだって、わー、どうしよう」と頭が一杯になる。「でもきっと出来ないこと、分かって下さったよね」と自分に言い聞かせながら帰宅して、夜になってパソコンあけると「先ほどは、突然の電話で失礼しました。急なお願いで誠に申し訳ありませんが、よろしくご検討下さいませ。」とメールが来ていた。
「わ〜」どうしたもんかと頭を抱えてしまった。しばらくして、柴田さんに会いに行った島根県の隠岐島のことを思い出した。小さな民家で3人の高齢者さんに寄り添っておられた姿や、帰りの船を姿が見えなくなるまでハンカチを振って見送って下さった姿。船に乗り際に「宮崎さん、これ、どうぞ」と手渡して下さった小包みの中のおにぎりと添えられていた「感謝」という言葉。思い出したら涙があふれてきた。私、柴田さんのお役に立ちたいのかも…と思った。
10年ぐらい前に柴田さんの講演会の企画をやった時、心があったかくなったことを思い出した。何の迷いもなく「看取りの講演会をやります」とメールを打った。
柴田さんの講演準備を始めて、姑が乳癌を患い入院した時のことを思い出しました。手術をし、保育園を辞め自宅療養、三年経った頃肺に転移、水がたまり呼吸困難になり再入院。桜の花が終わる頃、意識が混濁し始め、家族を呼び寄せ、ドクターや看護師さんが慌ただしくなった時、「ご家族の方はお部屋から出てて下さい」と言われ、病室では処置が行われ、心臓マッサージをされている姿に、「もう良いです。これ以上、辛い思いはさせないで」と願ってもどうにもならず、「他の患者さんが居ますので、静かにして下さい」と言われ、息を凝らし涙をこらえて、病室に呼ばれ入室した時には「ご臨終です」と告げられた。「お義母さん、ごめんなさい」と言う思いが心に残った。
それからしばらくして「市民ホスピス福岡」と出会った。実母の時は緩和ケア病棟に入院し、穏やかに逝ってもらったと思う。さて、では自分はどんな風に逝きたいだろうか?夫をどう看取ろうか?(と書きながら、私が看取るつもりになっている)ちょっと思いを巡らしている。
こんな風に、ちょっと立ち止まって自分の死を見つめさせてもらう良い時間となった。
皆さんも「看取り士 柴田久美子 講演会」をお聞きいただいて、自分がどんな風に最後を過ごしたいか、考えてみては如何でしょうか。3月24日(日)PM6:00~7:30小郡あすてらす(小郡市総合保健福祉センター)入場料は無料です。西日本新聞に1月31日から「終(つい)の棲家(すみか)」の連載が始まった。

先日、佐藤かんちゃんの文章を見つけました。

僕らはみんなでもっと正直になっていいと思う。正直になることによって救われる事がたくさんあるように思う。
 正直になると言っても、自分の秘密を全部話せと言っているわけじゃない。誰だって生きていれば人に言えないことや、あえて言う必要のないことの一つや二つは抱えていることだろう。
 そんなことではなく、自分が感じていることや、考えていることを、できるだけ正直に話してもいいんじゃないかと思うわけだ。もちろんそのことによって、特定の誰かを故意に傷つけてはいけないけどね。
・・・正直って難しいね・・・
 街を歩いていると、みんなは問題なく生きているように見えたり、自分以外の人たちは仲良くやっているように見えたりするときはない?仲間が集まって楽しくやっているのに、自分だけがそこにいないような気がしてしまうことはない?気に入られようとして笑顔を振りまいたり、必要以上に相手に気を使ったり、そんな自分が嫌だったりするとはない?
 たとえばそんなことを正直に話せたとしたら、なーんだ自分だけじゃなかったのかって思えて楽になることもあると思う。それにそんな自分は、別に悪意でそれをやっているわけじゃないんだし、ただ愛されたい、認められたいっていう気持ちで一生懸命生きているわけだしね。
 きっと正直になるっていうのは、「愛されたい」っていう気持ちをダイレクトに伝えちゃうことかな。そうすれば、それを得るために間接的にやっている多くのことから自由になれる。
 僕らはそれぞれに性格や能力が違うけれど、心の奥底で抱えている問題は似ているような気がするんだ。でも誰もそのことを言ってくれないから、自分だけがそういう問題を抱えているような気がしてしまう。本当は、みんな似たようなものじゃないかと思うわけです。
 みんながみんなを愛せるだけの余裕ができれば、もっと安心して自分でいられるのにね。






 


 








 







 

 

 

 

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