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 ありか通信 バックナンバー

Vol.137 平成24年7月

ありかのメッセージ


通信を書く日になりました。今日はネタがないよー。
今日は朝からとってもショックなことがありました。朝、ゆっこが「お早う」と入ってきたら、なんとなんとゆっこの髪が男の子のように短くなっているではありませんか。ありかは小さいときから人の髪の毛を触る癖があって、ゆっこの長い髪をくるくる回して遊ぶと、とても嬉しいし、落ち着いた気持ちになって安らいでいました。これは小さな子供時代の母に対する甘えなのかもしれませんが・・・・・
それがすっかり短くなったゆっこの髪を見て動揺してしまっている自分を見て動揺してしまいました。
そうそう、髪の毛は母性だと思いませんか。ありかの中には、髪の長い人がお母さんのようなイメージがあって、髪の毛をまさぐるとちょうどおっぱいをまさぐっているのと同じような至福の思いを感じていられるのだと思います。時々自分の髪をくるくると回す癖を持っている人もいますが、もしかすると、同じ思いなのかもしれませんね。

ありかの通信を飽きずに読んでくださってありがとうございます。
朝、ママが「そういえば、もう3年になるね。パリに行ったのは7月の今頃だったね。」と言いました。あの時の熱い思いはどこから来ていたのでしょうね。
ヨーロッパへ旅するというのは、ありかにとってはとてもとてもチャレンジだったのですが、みんなの暖かいサポートで夢が実現しました。夢というものは叶えるという熱い思いに進められ、手に入れられるものではないかと思います。
皆さんは、今、夢がありますか。どんなことを夢見ていますか。どんな夢をまだ叶えられずにいますか。その夢は本当に実現したい夢ですか。単なる憧れですか。もう一度夢を思い出してみませんか。
隣でゆっこが老後の夢を語りました。ありかにはそんな老後はないと思うけれど、2階の3人の仲間と仲良く生きていくというのが夢かな。
3人+1人展を一年に一回くらい発信したいと思います。此処に私たち4人は生きているよ。皆忘れないでね。ここに居ること知っている?という感じだよ。やはり発信しないと、存在そのものが消えていくような不安があります。ひっそり生きていくという生き方もあると思いますが、ありかはいつだって「ここにいますよ」と発信して仲間と楽しい時間を過ごしたいと思います。
皆さんの夢が一歩ずつ実現するようにお祈りします。まず、実現したイメージをしっかり形に描きましょう。そしてありがとうを伝えることが大切なように思います。

夢の宝地図というのを知っていますか。ありかもパリに行く前にこの宝地図にしっかり思いを描いて貼りました。旅費のことも、日程のこともうまくいくとしっかり書いて、そしてそれを手に入れたイメージを思い描きました。ゆっこはその側で、モンサンミッセルに行くことを祈っていたのではないかと思います。そのおかげで、皆が思っている以上にフランスとスイスにまで行けたんですよ。
今年のカレンダーにはその時の旅の風景や知り合った人たちとの写真が沢山載っています。今月はパリでステキな運転と暖かいもてなしをしてくれた大好きな人の写真が乗っています。幸せいっぱいの笑顔でしょう。

ありかはこれからも夢を実現して行こうと思っています。でもこのところ、ありかは次々に夢を実現してしまって幸せになったので、休憩時間みたいな感じですっかり落ち着いてしまいました。36歳でこんな風に次の夢が生まれないのは老化の始まりなのかしら。そうではないと思います。
今、この幸せ一番の、心地よい快適な生活を堪能する時間をいただいていると解釈していいと思っています。この幸せ気分の中から次にどんな夢が現れるのかを楽しみにしています。きっとママにとっても、今が一番の至福の時間なのかもしれません。この10数年 走り続けてきましたから、何時も何時も夢に向かって走って振り回してきたのですから、しばらくゆっくり、のんびりしてくださいね。ありかも少しの時間のんびり楽しみたいと思います。


ゆっこの徒然なるままに

保健センターの仕事の帰りに、思い切って髪をスパッと短く切りました。
次の日、保健センターに仕事に行くと、「あれ、髪が…」と何人もの方から声をかけて頂き、「夏が来ました」と答えながらも、こんなに注目を浴びるのは何十年ぶりだろうと嬉しくなりました。
30代(歯科衛生士をやっていた)の頃、高齢者さんの入所施設に口腔ケアでお邪魔した時、入所されているおばあちゃんが、「若かてよかな〜、こげな歳になると、釘さえも引っかけんようになる」とつぶやかれた言葉を思い出します。
その時は、いきなりの言葉とその表現に??で、理解出来なかったその言葉が、なぜか30年経った今、あの言葉をときどき思い出し、その頃には理解できなかったおばあちゃんの孤独感を少しずつ感じるようになりました。
若い頃は、色んな夢がありました。
小学生の頃は、看護婦さんにあこがれ、玄関のある家に住みたいと思っていました。
その頃の我が家は、家業が豆腐屋なので家には玄関が無く、昼間はいつも空きっぱなしで、夜になると板戸をガラガラと閉めて、小さな引き戸から出入りするのが、子ども心にかっこ悪いと思っていて、「あそぼー」と声をかけると、玄関から顔を出す友達のことがうらやましくて、結婚したら早く玄関のある家を建てたいと思っていました。
夢が実現して建てた家の玄関は、扉式の玄関だったので、何となく自分の思い描いていた玄関ではないような気がず〜としていて、その後改築した時、ガラガラと横に空ける玄関にした時に、子どもの頃に憧れていた玄関はこれだったと思いました。
今もその玄関から元気に仕事に出ています

昨日、友人と「80代、90代になったら、どんなお婆ちゃんになっていると思う?」という話しになって、二人でこんな会話をしました。
「もし、施設に入所していて、食事や入浴や下の世話をしてもらっているとしても、にこにこしながら看護師さんや介護士さんの身の上話しを聴いてあげられると良いね〜」「そうそう、看護師さんの失恋の話しや、子育ての悩みなどを聴いて
あげてね、そして、死にそうになった時、ドクターに言ってあげたいね、先生、あなたは何も悪くないよ、最善を尽くしたのだから、私が死んでも自分を責めなくて良いよと言ってあげたいね」などと、どんどん老後のカウンセラーとしての充実した日々を思い描いて、楽しい会話になりました。

死ぬ直前まで人の話しを聴けるカウンセラー(傾聴)ができたら最高やね〜と話しをしていると、体の機能が衰えても、認知症にならなければ、ただただ横になって寝ているだけになっても、いつも人が来てくれると思うと、なんだか老いるのが辛くない様な気がしてきました。
めざせ!死ぬ瞬間まで、現役カウンセラー!
その為には、今しっかりカウンセリングの勉強をしておくことかなと思い始めました。
三日坊主にならないように、この友人と時々「老後の計画はうまくいっている?」と確認しなくっちゃ。
 まずは、精進、精進!





 


 








 







 

 

 

 

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