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 ありか通信 バックナンバー

Vol.132 平成24年2月

ありかのメッセージ


 皆さん節分は如何でしたか。しっかり福を呼び込みましたでしょうか。
貧乏神様は申し訳ないのですがどうぞどこかへお出かけくださいと全国の人が言ったらどこに行くのでしょうか。豆まきは鬼を退治するということですが貧乏神様もちょっとどこかにお出かけしていただければ嬉しいですが、貧乏神様も路頭に迷われたら困るでしょうね。
そうやって優しい人のところについつい長居をされるのでしょう。
ありかも気の毒には思うのですがごめんなさい。あんまり貧乏神様に長居されるのはちょっと遠慮したいと思っています。

さてさて この神様はどこへお引越ししていただいたらいいのでしょうね。どこのおうちもちょっと歓迎してくれないでしょうし、といってもお困りでしょうし、どうしたものかと思います。ありかにとっては貧乏神様は豆を投げつけて追っ払いたい神様なのですよ。そりゃ神様と言われる方なので追っ払ったら申し訳ないのですが、どうしても節分の鬼は貧乏神様という思い込みがあります。だって豊になると人は幸せになれるでしょう。そりゃお金で買えない幸せはいっぱいあるし、お金がすべてではないと思いますが、お金も人生にとって豊かさをプレゼントしてくれると思っています。ありかもお金があれば行政にばかりお世話にならなくても自分たちの力で生きていけると思ったりします。
貧乏神様は皆さんから豆をぶっつけられて、トボトボとどこへ行かれたのでしょうね。きっと優しい人のうちの軒先の隅っこの方で、寒さに震えておいででしょうかね。それとも「わしゃ もうこの役目は卒業だ。」と宣言されているのでしょうか。ありかは貧乏神様がいてくれるおかげで、お金のありがたさや、切なさがわかるのでとてもありがたい存在ですよと伝えたい気もします。でもどうぞ長居はしないでくださいね、決して嫌っているわけではありませんが、どうぞ寒くないところでゆっくりのんびりお暮らしくださいとお伝えします。
ママがある神社で聞いてきた話は、外の鬼とは貧乏神様ではなく、人の心の中にある邪念というか、そういうものだと話してくれました。自分の心の中にいる鬼も
もともとは優しい神様、福の神だったのだと思うけれど、その神様もいつもつれなくされたり、認めて上げられなくて、どんどん心の鬼になってしまったのではないでしょうか。
皆さんの心の中にいる鬼も退治するというよりは、よしよししてあげたら鬼さんも涙を流して喜びそうな気がします。心の中にいる様々な鬼たちもきっと、すべての人の心を何とか助けてあげたくて健気にがんばってきたのに、誰にも認めてもらえず、すねてしまって悪さをしていじけて、怒りんぼさんになったのではないでしょうか。
そんな鬼さんも優しく優しくそこにいて意地悪したいね、すねたいね、怒りたいね、皆に認めてもらって優しくしてもらえたらきっとその鬼さんたちも優しくなるのではないかと思って、鬼さんを一人ひとり抱きしめて、ほって置いてごめんね、寂しかったね、そこにいたのに気づかなくてごめんね、これからそこにいることを大事にするよといってあげたら、きっと鬼さんも少し安心して悪さをしないのではないかと思いました。
決して豆を投げつけなくてもその豆を一緒に食べようと誘ってあげたらきっと意地悪したい気持ちの鬼さんも楽しく遊ぼうといいたいに違いありません。鬼さんだってあなたの心の中にいてあなたを助けてくれたことがあるはずです。
鬼さんも貧乏神様も、皆皆自分の心の中に存在するものでしたら,やはり自分に責任があるようですね。ありかはありかの責任で貧乏神様や鬼さんともっと友好な関係を作って人生を豊に過ごせるように考えていこうと思います。

今年は皆さんにとって素敵な年になりますように。ありかも豊かに楽しく生きていこうと思っています。誕生日に、おいしいものを食べに行って今よりもうちょっとだけ元気になりたいと思っています。皆さんもどうぞインフルエンザに負けず、不況続きに負けず、元気にお過ごしくださいね。



 

ゆっこの徒然なるままに

何十年かぶりの寒波が来ていると報じられ、東北、北陸のニュースを見るたびにご苦労を感じます。私が住んでいる小郡の堤防には、もう菜の花がちらほら咲き始め、寒風に揺れています。
2月は、節分、バレンタインデーとイベント事が多いようですが、ありかさんと私の誕生月でもあり、どこかステキなお店でランチしようという話しになって、ヘルパーさんにお願いをしてお店を捜して頂いています。
ありかさんは、「お肉とお刺身が食べられたら嬉しいな」と言っていて、私も喜んで便乗したいと思います。
さてさて、どんなステキなお店に行けるのか楽しみ、楽しみ?

私の家族は、孫も私と同じ日に生まれ、娘は2日違いなので、誕生イベントが待っています。誕生日を祝ってもらえるなんて、いくつになっても嬉しいですね。
64年前、母はどんな思いで私を出産し、抱いたのでしょう…。今ごろ天国で、どんな思いで私を見ているのかな?
「ゆっこ、よ〜 頑張っちょるね」と言われたいものですが、「何ばしよっとね、もうちょっと何とか出来んとね」と思っているかな・・・
この頃、TVの中に母に似た人を見つけると、なんとも言えない気持ちになります。決して優しいばかりの人ではなかったので、思春期の頃は、「何でこんな親から生まれたのだろう」とか「私は絶対お母さんみたいにはならない!」なんて思って反抗したこともありましたが、歳を重ねるごとに親の気持ちや苦労が少し理解できて、「ありがとうお母さん、大変だったね、よく頑張ったね」と伝えたい気持ちになります。残念ながら生の声は伝えられないので、心の中で呟きます。

今日は、抱っこの仲間達と「ね、ね、お母さん」というワークをやりました。ただただ「ね、ね、お母さん」と言うと、優しい笑顔でお母さん役の人に「なあに、○○ちゃん、どうしたの」と言ってもらいます。何度か「ね、ね、お母さん」「なあに、○○ちゃん」と繰り返します。(今回は3分やりました)
私が子ども役になった時、「ね、ね、お母さん」と何度か言っているうちに、「嘘! お母さんはそんなに優しくなかったでしょう!」と文句を言いたくなりました。が、「ね、ね、お母さん」と言い続け、優しく「なあに、ゆきちゃん、どうしたの」と言われ続けると、自然と涙があふれてきました。
終わりの合図のタイマーが鳴った時、お母さん役の人に優しくハグされ「ゆきちゃん、大好き」と言われた時、思わず「おかあさん、会いたい」と言って、又泣けてきました。
いくつになっても、母が恋しいです
みなさんは如何ですか?
お母さんのことをどう思っていられますか?
今日は、なんだか娘達の為に、もうちょっとだけ元気で長生きしたいと思いました。
「お母さん」と呼ばれる心地よさを、もうちょっと感じてみたいなと思いました。
そして、私が臨終の時に「お母さん、大好き、ありがとう!」と言われたら、迷わず天国に行けるような気がしました。


 


 








 







 

 

 

 

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