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 ありか通信 バックナンバー

Vol.114 平成22年8月

ありかのメッセージ

7月の通信「パリ旅行」の続きです。


次の日は(7月4日)はゆっこが待ちに待っていたモンサンミッシェルに行きました。海の中の弧城という絵葉書のような、そのまんまの寺院で、その参道にはあの有名なオムレツ屋さんがあって、ふわふわの口の中に入れたらシュワ―と溶けてしまうオムレツを食べました。



やはり日本人にはオムレツにはケチャップと思いながら我慢して食べていたら、ゆっこがオムレツにはケチャップねと言ったらガイドさんが日本人にはケチャップが用意してあると言いました。食文化と言うのはやはり長年培ったものが現れるものですね。

モンサンミッシェルは昔、巡礼者の人達が満ちてきた潮に見舞われて、亡くなった人がいたという話ですが、今は道を作ってあってありかにとってはラッキーですぐ近くまで車で行けたし、参道のとても急な坂道を、ヘルパーさんが、がんばってくれて中程の階段の下まで行くことが出来ました。とてもとても嬉しかったです。


この教会にも、ありかの思いがありましたが、道の方から眺めていっぱいの思いを感じて、やっと此処まできたよ。待っててくれてありがとうと心の中で伝えました。ありかの目的の最大級のものは、すべて達成することができて、後はおまけの旅です.その後の景色はママや、ゆっこたちが大喜びで、ちょっと小高い丘、(なんと言ったっけ、レザンドリー)から見た風景はフランスの風景そのもので、ライン川のほとりに朽ちかけた教会と広々とした畑がとてもキレイに整理されていて、あの樹木1本1本があーフランスだなと言う風景でした。あの丘の上でフランスの風景をいっぱい感じられて、本当に良かった。此処に来てよかった。皆と一緒に感じられて本当に良かった。

そこからモネの家というか庭園に行きました。あの有名な睡蓮の池と緑の橋を渡りましたよ。色とりどりの花達が、ありか達を歓迎してくれてありかはとてもとても好きなところでした。ゴッホの絵よりもモネの絵のほうがありかの心に響くのですよね。そこでランチョンマットを買いました。毎日モネの作品と出会える喜びを、今感じています。この筆談をしながら横ではフランスの童謡がCDでかかっていて、着ているTシャツはフランスで買ってもらったものでフランス一色ですよ。

モネの家を出てモネのお墓と言うところへ連れて行ってもらいました。すぐ近くの小高い丘のような所にモネは眠っていました。あんなに素敵な絵を描いていた人の心の中はどんな感じだったのでしょうね。ありかは心の中を聞かせてほしいなと思いました。

そこからまた車に乗って、オンフルールという港町に着きました。


磯の香りのする港のすぐ側の小さな、それでいて、伝統のある古い格式のあるようなホテルに泊まりました。一大事です。部屋は2階。エレベーターは付いていましたが、なんと車椅子が載るには、余りにも小さすぎて、ヘルパーさんも、ガイドさんも大汗かきながら、どうやってありかを上の階まで運ぶかを考えてくれました。最終的にはエレベーターの中にいすを置き、車椅子からその椅子に乗り換えて、そのまま上の階に行って車椅子を運んでもらって、また車椅子に乗り換えてと、なんと不便な移動だったことでしょう。でも翌朝、いや待てよ翌朝ではなく、その日の夕食を食べに行く時、またエレベーターに乗ろうと椅子を探していた時に、ホテルのオーナーさんがやってきて、車椅子ごとエレベーターに乗りなさいと言うのです。もちろんフランス語で言っているので、そう言ったかどうか解りませんがそんな感じでした。私たちは日本語で、ムリムリ,さっきやったけどムリだったのよ。これまた日本語のわからないオーナーさんはグイグイ車椅子ごとエレベーターに乗せようとしましたが、とても窮屈で、車椅子を押すヘルパーさんはおなかを引っ込めて乗っても無理な体勢で、とにかくムリムリというと、日本語はわからないけど、車いすの前の足置きをはずして何とかエレベーターに入れ込んだのでした。さすがオーナーさん拍手、拍手、拍手でしたね。エレベーターの乗り降りはこれで何とかできて街へ出かけて食事に行きました。

小さな港町なのに、なんと小さなメリーゴーランドがピカピカと光り輝いて、まるで絵葉書みたいな、素敵な街でした。此処もやはり石畳で、ありかは乗り心地は悪いのですが夜の帳に包まれる頃の、あの風景はとてもとてもロマンチックでした。小さなレストランの魚介類のスープ、これがフランスパンと合ってとてもおいしかったです。

翌朝(7月5日)食事を済ませて、パリへ戻る旅の途中で、少しこんもりした森の中の小さな教会へ案内されました。とても古い古い教会のようでしたが、人一人いない静かな森の中にたたずんでいますが、中に入ったママ達は、ろうそくが灯っていたねと言っていました。どなたかがそこを守ってくださる人がいて毎朝祈りを捧げているのでしょうね。

そこから高速道路を走ってパリへ戻ってきました。はじめに泊まっていたホテルと同じでした。ママがフランス料理に飽きる頃と思って、日本食を頼んでくれていたので、幕の内弁当が部屋に届きました。ありかはちっとも飽きてはいなかったのですが、お弁当もおいしかったですよ。
パリの最後の夜は、何だか帰りたくないなーと思いながら眠りました。
最後の日(7月6日)チェックアウトして、シャンゼリゼ通りや、凱旋門、エッフェル塔の見えるカフェで念願のランチをすることになりました。

道路のすぐ側で、人が通る店先に椅子とテーブルがセッティングされて、パリの人達が、かんかん照りのお日様を浴びながら食事をしている風景にあこがれて、ありかも体験しました。でも注文したランチのボリュウムに、ママもゆっこも「すごい!!」と言いましたが、ありかはぺろりと食べました。

とてもパンがおいしいのよね。日本のパンよりフランスのパンは断然おいしいよ。ありかはこの食事は体になじんで、もしかしたらありかの前世はやっぱりパリジェンヌだったのかもしれないなと思いましたよ。ありかはパリの水が合っているようで快食、快便でとても爽やかな毎日でした。

そんなこんなでドゴール空港からスイスのジュネーブへ飛びました。
ジュネーブでは福岡の市民ホスピスの代表の隈崎さんと合流して、いったんホテルに荷物を置いてから、レマン湖のほとりを散策。レマン湖には高い高い噴水が上がっていました。

翌日(7月7日)隈崎さんが国連本部と赤十字博物館に連れて行ってくれました
3時には隈崎さんとも別れて、一路パリのシャルルドゴール空港に戻り、いよいよ日本に帰る時が来ました。ドゴール空港に着いたのは6時過ぎでしたが、成田へ行く飛行機は11時35分発で、5時間余り時間がありました。ちょうどその時サッカーのワールドカップがあっていたようで空港の中で盛り上がっていましたよ。ママやヘルパーさんはそんなことよりも最後のお土産を買うのに、あっち、こっち、あれや、これや「いやあれがいい」とうろうろ動き回ってくたびれたような顔でした。こういう時は車椅子に乗っているととても楽です。ずっと座っていられるモンね。
待ち時間が長くて、夜の夜中に飛び立つので、待って待って待って、やっと飛行機に乗れました。皆お買い物が心行くまでできたのではないかと思います。ありかは待っていてもその辺の皆さんに話しかけて、友達になって結構楽しくやっていました。12時間の飛行機の中では、割合おとなしくしていて、成田には7月8日の夜6時に着き、福岡への乗り継ぎでちょっとドキドキすることもありましたが、どうにかうまく行って10時に福岡に無事に着きました。お疲れ様といってもありかはそんなに疲れていなくて、もう一度パリに行きたいと言う気分でした。

ゆっこの徒然なるままに

皆さんお元気でお過ごしでしょうか?
早朝犬達と散歩に出かけたら、宝満川のほとりで鶯が鳴き、少し伸びた苗の上を風がそよぎ、公園ではつくつくほうしの蝉が鳴きだしました。
立秋がとっくに過ぎたのに、まだまだこの暑さは続きそうですね

夏休み中、子どもたちは地域の区長さんや、高齢者さん達も参加してのラジオ体操が我が家の前の公園であっていましたが、お盆が過ぎたらもう終わりの様です。
娘達が小学校の頃は、NHKのラジオ放送に合わせて6:30スタートだったし、夏休みが終わる日まで続いていたようですが、この頃はカセットからラジオ体操が流れるようになり、子どもたちに付き合う大人達の都合からか、子どもたちが朝起き出来ないからか、7:00スタートで、お盆前までのようです。
我が家の前の公園に小走りで急ぐ子どもたちの姿や、遊んだり、おしゃべりしながら集まっていく姿がとても可愛いです。
時々7:00過ぎたころ、泣きながら公園に向かっていました。
お寝坊して、ママに怒られたのかもしれませんね
子ども達はどうやらラジオ体操は苦手の様ですが、我が家では夫が一人で雨が降っても、駐車場の屋根の下(庭先)で、携帯ラジオに合わせて6:30からまじめにラジオ体操をやっています。皆勤賞ものです。

ありかさんとの旅は、12時間の飛行機の中のトイレのことや石畳の道路や、白いご飯が大好きなので食事は大丈夫だろうかと、行く前に色々心配をしていましたが、「大天使ミカエルがサポートしてくれるから、何も心配はいらない」とありかさんが言っていましたが、なんだかすべてがうまくいきました。
パリのモンマルトルの丘の上にあるサントシャペルの階段で、車椅子に乗ったありかさんを持ち上げるのに、通りすがりの男性(金髪の男性です、フランス人かな〜?)に、「ヘルプミー」とヘルパーさんが声をかけて、後はジェスチャー交じりの日本語で「車いすを持って下さい!」と声をかけると、「大丈夫ですよ」と、いきなりの日本語に「え?!今のは確か日本語だよね〜」と、驚いていると、「車いすを持ちあげるのですね」と、日本語を流暢に話すフランス人?は、「日本に少し住んでいました」とのことでした。
 ノートルダム寺院に行った時も(もうひとつの教会に入った時も)、不思議なことに鐘がなり、歓迎してもらえているように思えました。


ベルサイユ宮殿を出た時には、結婚式の車が通過していきました(それも2組も)
「モンサンミシェルは、階段があるので近くまではいけない、景色が見える所まで」と言う話しでしたが、日本人のドライバーさんが車椅子を引っ張り、ヘルパーさんが力いっぱい押して下さったおかげで、教会の下までいけて、名物のオムレツも食べられて、参道のお土産屋さんでお買い物も出来ました。
ジャンヌダルクの教会のステンドグラスがとてもきれいでしたが、処刑されたその場所のジャンヌダルクの像は、とても悲しげな顔をしていました。


 モネの庭や生家など見れて、とても楽しい8日間の旅でした。
「夢は必ず実現する」と言うことを、ありかさんがまざまざと見せてくれました
「実現したいこと(夢)をしっかり決めて(イメージして)、信じぬけば、夢は現実する」と言うことのようです。
この「信じ抜く」と言うのが難しく、すぐ「でもね、無理かもしれない」「そんなに上手くいくはずがない」と過去に上手くいかなかったことが頭をかすめます。
それでも、信じぬいた時、奇跡が起こるのでしょうね

 今回の旅から帰って、私は「これからの人生を日々楽しむ!」と決めようと思い始めています。
これまで、自分や人を責めたり、不平、不満を口にしていたし、人を判断していました。そんな自分自身や自分の生き方を変えたいと思っていながら、なかなか変えられませんでした。
もう今までの生き方は終わりにして、これからは「楽しんで、喜んで、面白がって生きていこう!」と思います。

それが出来ると信じぬいてみようと思います。

きっと、これからは生まれてきた事、生きていることを体中で実感し、楽しんで感謝しながら生きていけるでしょう。
皆さんも、どうぞ一緒に人生を楽しみましょう

 







 

 

 

 

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